考現学と超芸術における観察と表象の階層的構造に関する圏論的解析と芸術的介入の理論的検討

Oct 7, 2025 60 min

1. 緒言

本稿の目的は,考現学と超芸術による社会観察を,圏論の言葉で再構成することにある.

考現学とは,日常の事物を採集・分類する,今和次郎の方法論である1.超芸術とは,赤瀬川原平が路上の無用な構造物に見出した概念であり,通称「超芸術トマソン」と呼ばれる2.両者はともに,誰も意図的に設計していないのに存在する社会のパターンを扱う.この観察は,複雑系・自己組織化・ミーム論・ユング心理学の集合的無意識とも接続する.

本稿は,この観察を次のように定式化する.

社会無意識 := 多数の局所的意思決定から,設計者なしに自然発生する高次パターン.

ここでの「無意識」は,心理主体の内部状態を指さない.本稿における社会無意識は,分散した意思決定過程が生成する外在的構造を意味し,個人の心的過程を対象とするユング心理学的な集合的無意識とは対象を異にする.

この定義は,圏論で確立された3つの構造のいずれかとして,反証可能な形で書き下せる.局所的な合意がどのような安定状態へ落ち着くかを記述する局所合意モナドとその安定配置(§2),隣接文脈に依存する局所規則を大域化する配置コモナド(§3),局所的に食い違う観測がそれでも整合して見える仕組みを記述する層からスタックへの一般化(§4)である.

本稿の主張は二層に分かれる.一方は,具体的な Set\mathrm{Set} 上の関手・自然変換として構成し,モナド則・随伴則を引用可能な定理から導く形式的核であり,[F] と記す.他方は,形式的核を実社会の現象に対応づける解釈であり,[I] と記す.[I] は反証可能性を保留した構造的アナロジーにとどまる.[F] もまた,考現学・超芸術一般を証明するものではなく,縮約されたおもちゃモデルについてのみ主張する.どの主張がどちらの層に属するかは,§7 に一覧する.


2. 形式的核 I:局所合意モナドと安定配置 [F]

2.1 自由可換モノイドモナド MM

XX を局所的意思決定の状態空間とする.XX の元は,個々のエージェントが独立に下す一回の決定を表す.例えば「ある店舗が選んだ看板の書体」や「ある住人が選んだ増築の仕方」である.

M(X)M(X) を,XX 上の有限形式和 n1x1+n2x2++nkxkn_1 x_1 + n_2 x_2 + \cdots + n_k x_kniNn_i \in \mathbb{N}xiXx_i \in X)全体の集合とする.これは XX 上の自由可換モノイドの台集合である.圏論的には,忘却関手 U:CMonSetU : \mathrm{CMon} \to \mathrm{Set} の左随伴を Free:SetCMon\mathrm{Free} : \mathrm{Set} \to \mathrm{CMon} とし,M=UFreeM = U \circ \mathrm{Free} と書ける.

単位と乗法は次のように定まる.

ηX:XM(X),ηX(x)=1x\eta_X : X \to M(X), \qquad \eta_X(x) = 1\cdot x μX:M(M(X))M(X),μX(jqjAj)=jqjAj\mu_X : M(M(X)) \to M(X), \qquad \mu_X\Big(\textstyle\sum_j q_j \cdot A_j\Big) = \textstyle\sum_j q_j A_j

μX\mu_X は,形式和の形式和(AjM(X)A_j \in M(X))を展開して一つの形式和にまとめる操作である.

(M,η,μ)(M,\eta,\mu) がモナドをなすことは,個別に確かめるべき仮定ではない.随伴対 FUF \dashv U は,T=UFT=UF とおくことで自動的にモナドを与える,という一般定理の帰結である3 [1].FreeU\mathrm{Free}\dashv U は証明済みの随伴であるから,M=UFreeM=U\circ\mathrm{Free} は定理としてモナドである.

2.2 MM-代数:局所合意の集約文法

定義 1(局所合意代数).(X,α)(X,\alpha)α:M(X)X\alpha : M(X) \to X

αηX=idX,αμX=αM(α)\alpha \circ \eta_X = \mathrm{id}_X, \qquad \alpha \circ \mu_X = \alpha \circ M(\alpha)

を満たすとき,(X,α)(X,\alpha)MM-代数と呼ぶ.

命題 1. MM-代数の圏 Alg(M)\mathrm{Alg}(M) は,可換モノイドの圏 CMon\mathrm{CMon} と圏同値である.

証明の要点. α\alpha を二元集合 {x,y}M(X)\{x,y\}\in M(X) に制限すると,二項演算 x+y:=α(x+y)x+y := \alpha(x+y) が得られる.単位律 αηX=id\alpha\circ\eta_X=\mathrm{id} はこの演算の単位元条件を強制し,結合律 αμX=αM(α)\alpha\circ\mu_X=\alpha\circ M(\alpha) は結合律と可換律を強制する.これは自由モノイド系のモナドに対する標準的事実であり,一般には Beck のモナド性定理の特殊例である4 [1].∎

MM-代数 (X,α)(X,\alpha) が与えるのは,局所的決定をどう集約するかという文法——結合律・単位律を満たす合意形成の規則——にすぎない.駅前の看板配置が特定の型に落ち着くという現象が主張しているのは,集約の規則が存在することではなく,集約を繰り返しても変化しない安定な配置が存在し,かつ実際にそこへ収束することである.この安定性を,次項で定式化する.

2.3 安定配置:社会無意識の力学的定義

定義 2(安定配置). (X,α)(X,\alpha)MM-代数とし,命題1により対応する可換モノイドを (X,+,0)(X,+,0) と書く.自己集約写像を

σ:XX,σ(x)=α({x,x})=x+x\sigma : X \to X, \qquad \sigma(x) = \alpha(\{x,x\}) = x+x

と定める.σ(e)=e\sigma(e)=e を満たす eXe\in X安定配置と呼び,安定配置全体を E(X)=Fix(σ)XE(X) = \mathrm{Fix}(\sigma) \subseteq X と書く.

命題 2. E(X)E(X)(X,+)(X,+) の部分半束(idempotent commutative submonoid)をなす.

証明. 0+0=00+0=0 より 0E(X)0\in E(X)e,fE(X)e,f\in E(X) のとき,可換律・結合律により

(e+f)+(e+f)=(e+e)+(f+f)=e+f(e+f)+(e+f) = (e+e)+(f+f) = e+f

ゆえに e+fE(X)e+f\in E(X).∎

定義 3(社会無意識). 社会無意識とは,MM-代数 (X,α)(X,\alpha) に付随する安定配置の半束 (E(X),+)(E(X),+),および軌道 x,σ(x),σ2(x),x,\sigma(x),\sigma^2(x),\dotsE(X)E(X) へ収束する力学系としての構造をいう.

[I] 解釈. E(X)E(X) の元は,これ以上他の局所決定を吸収しても動じない配置である.駅前の看板配置が一定の型に落ち着くという観察は,XX 上の力学(σ\sigma の反復)が E(X)E(X) の元へ収束する,という主張として書き直せる.

一般の MM-代数において,軌道が有限回で E(X)E(X) に到達する保証はない.例えば (N,+)(\mathbb{N},+) では E(X)={0}E(X)=\{0\} のみであり,00 以外の軌道は収束しない.収束を保証するには,(X,+)(X,+) が有界である,あるいは適切な位相のもとでコンパクトである等の追加の仮定が必要であり,これは [I] の範囲にとどまる未解決の条件である.どの X,αX,\alpha が現実の社会現象に対応し,かつ収束条件を満たすかは実証研究の課題であり,本稿はその存在を証明しない.ここが [F] と [I] の境界である.


3. 形式的核 II:配置コモナドと局所規則の大域化 [F]

3.1 配置コモナド DD

考現学が扱う「隣接する事物からの影響」と,超芸術が扱う「局所的な無用構造の反復」は,どちらも近傍への依存という同じ形をしている.この構造を定式化する標準的な道具が,セルオートマトンの圏論的定式化である.Capobianco と Uustalu は,セルオートマトンの局所規則を coKleisli 射として特徴づけた [3].

平行移動群 GG(例えば Zd\mathbb{Z}^d)が作用する配置空間を考える.状態集合 XX に対し,配置とは関数 c:GXc : G \to X である.配置全体を D(X)=XGD(X) = X^G とおく.

εX:D(X)X,εX(c)=c(0)\varepsilon_X : D(X) \to X, \qquad \varepsilon_X(c) = c(0) δX:D(X)D(D(X)),δX(c)(g)(h)=c(g+h)\delta_X : D(X) \to D(D(X)), \qquad \delta_X(c)(g)(h) = c(g+h)

(D,ε,δ)(D,\varepsilon,\delta)配置コモナドと呼ぶ.余単位律・余結合律は直接計算で確認できる5

3.2 定理(Capobianco–Uustalu, 2010 [3])

局所規則とは,coKleisli 射 f:D(X)Yf : D(X) \to Y である.これは,自分の周囲の配置を見て次の状態を決める関数を意味する.

大域遷移関数 Φ:XGYG\Phi : X^G \to Y^G が平行移動不変かつ局所的(有限の近傍しか参照せず,位相的に連続)であることは,Φ\Phi が何らかの局所規則 ff の comonadic extension f=D(f)δX\overline{f} = D(f)\circ\delta_X として書けることと同値である.これは,古典的な Curtis–Hedlund–Lyndon の定理の圏論的な言い換えである6

3.3 エージェントベースモデルへの拡張 [I]

GG を空間的な平行移動群ではなく,組織内の人間関係グラフや情報伝播ネットワークとして読み替える.このとき同じ DD は,エージェントベースモデル(ABM)の近傍参照構造に一致する.個々のエージェントが「隣接者の可視状態を見て自分の行動を決める」局所規則 ff を持つとき,組織全体の挙動は f=D(f)δ\overline{f}=D(f)\circ\delta という同一の圏論的操作で大域化される.

  • なぜ会社文化は設計者なしに形成されるのか.個々人の同調的模倣規則 ff を組織グラフ上で comonadic extension した結果が,企業文化という大域配置である.
  • なぜ地方都市には似たような廃墟景観が生まれるのか.経済合理性に基づく撤退判断という局所規則が,日本全国という平行移動対称性の高いグラフ上で同一に適用される.その結果,Curtis–Hedlund 型の定理どおり,均質な大域パターンが生じる.

4. 形式的核 III:層からスタックへ — 局所的矛盾を許容する大域化 [F]

本節は,「なぜ全国の駅前は,誰も統一設計していないのに似るのか」という問いに,層構造と,その一般化であるスタック構造を対応させる.

4.1 層化:局所一致という強い仮定

観測パッチの圏(サイト)(C,J)(\mathcal{C}, J) を,都市の局所領域を対象とし,被覆族 JJ を「隣接パッチが重なりを持って街区全体を覆う」という条件で定める7.前層 FPSh(C)=[Cop,Set]F \in \mathrm{PSh}(\mathcal{C}) = [\mathcal{C}^{\mathrm{op}}, \mathrm{Set}] は,各パッチ UU に,そこで観測される局所的な意匠選択の集合 F(U)F(U) を割り当てる.FF が層であるとは,重なり上で文字通り一致する局所切片の族が,一意な大域切片へ貼り合わさることをいう.

包含関手 i:Sh(C)PSh(C)i : \mathrm{Sh}(\mathcal{C}) \hookrightarrow \mathrm{PSh}(\mathcal{C}) は左随伴 aa(層化関手,“plus construction” ()++(-)^{++})を持つ.ii は充満忠実であるため,合成 T=iaT = i \circ aPSh(C)\mathrm{PSh}(\mathcal{C}) 上の冪等モナドである [2].

しかし,層条件は「重なりでの一致」を文字通りの等号として要求する.隣接する二つの街区の意匠選択が,厳密には一致しなくても都市として破綻しない,という現実の事例をこれは捉えられない.駅前の景観は,隣接店舗の看板が同一である必要はなく,同じ種類の現象として認識できれば十分である.層はこの余地を持たない.

4.2 スタック:局所的な食い違いを同型射として保持する

各パッチ UU に,局所観測の集合ではなく,局所観測の亜群(groupoid)F(U)\mathcal{F}(U) を割り当てる.対象は局所的に観測された意匠配置であり,射はそれらを同一視する同型である.重なり UijU_{ij} 上の降下データとは,各パッチの配置 xiF(Ui)x_i\in\mathcal{F}(U_i) と,重なり上の同型 φij:xiUijxjUij\varphi_{ij}: x_i|_{U_{ij}} \xrightarrow{\sim} x_j|_{U_{ij}} の族であって,三重の重なり UijkU_{ijk} 上でコサイクル条件

φjkφij=φik\varphi_{jk}\circ\varphi_{ij} = \varphi_{ik}

を満たすものをいう8F\mathcal{F}スタックであるとは,任意の降下データが,同型を除いて一意な大域対象 xF(U)x\in\mathcal{F}(U) から誘導されることをいう.スタックと降下理論は,Giraud によって非可換コホモロジーの記述として導入された [6].標準的な教科書的解説は Vistoli による [5].

層とスタックの違いは一点に尽きる.層は重なりでの等号を要求し,スタックは重なりでの指定された同型の存在のみを要求する.同型 φij\varphi_{ij} が常に恒等射であるとき,スタックは層に退化する.層は,スタックのうち局所的な食い違いがゼロである特殊な場合にすぎない.

前層をスタックの圏へ普遍的に近似するスタック化関手も,層化と同様に,包含関手の左2-随伴として構成される [5, 6].ただし,これが与える冪等性は,厳密な等号ではなく,同値の意味での冪等性にとどまる.

4.3 [I] 解釈:超芸術は接続の痕跡である

隣接する二つの街区の意匠選択 xi,xjx_i, x_j は,厳密には一致しない.それでも都市として破綻しないのは,両者を結ぶ同型 φij\varphi_{ij}——「事情は違うが同じ種類の現象である」という接続の正当化——が,明示されないまま機能しているからだと解釈できる.

超芸術が指差す対象——無用の階段,行き止まりの手すり,謎の配管——は,この同型 φij\varphi_{ij} が要求する接続を,物理的な構造として担った痕跡であると読み替えられる.超芸術とは,コサイクル条件を満たすために都市がやむを得ず生成した,接続同型の可視化である.

コサイクル条件——三重の重なりでの整合性——は,「三箇所以上にまたがる矛盾は,個別の言い訳では説明がつかない」という都市観察の直感に対応する.

モナドとコモナドを組み合わせる一般枠組みとしては,Power–Watanabe の混合分配律の公理系が存在する [9].本稿の配置コモナド DD(§3)と,局所合意モナド MM(§2)およびスタック化(本節)の間に実際に分配律を構成することは,今後の課題として残る.


5. 考現学と超芸術の圏論的位置づけ

以上の形式的核を踏まえ,考現学と超芸術を次のように整理する.

概念起源対応する形式的核役割
考現学今和次郎(1920年代)[7]局所パッチへの切片化:現実の断片を F(Ui)\mathcal{F}(U_i) の対象として記録する行為局所観測の収集・分類
超芸術赤瀬川原平『超芸術トマソン』[8]§3 の comonadic extension,および §4 のコサイクル φij\varphi_{ij} が要求する接続の露呈非設計構造の露呈
社会無意識本稿の定義(§1, §2.3)§2 の安定配置 E(X)E(X),または §4 のスタックの降下データ局所決定が収束・整合する安定構造そのもの

考現学は,F(U)\mathcal{F}(U) に対象を記録する受動的操作である.超芸術は,本人が意図しない形で必要になった接続同型 φij\varphi_{ij}——無用の階段,謎の配管——を,事後的に指差す行為である.両者は,同じサイト (C,J)(\mathcal{C},J) 上の異なる操作,すなわち局所対象の記録と,降下データの観察として統一的に位置づけられる.


6. 超芸術と生成美学:オープンゲームとしての「作品からの応答」

「役に立たないものの中に社会の深層構造が露出する」という主題は,作者が完全に制御する作品ではなく,生成された世界が作者に発見を返してくるという設計思想に接続する.これを定式化する候補が,Ghani, Hedges, Winschel, Zahn によるオープンゲーム(compositional game theory)である [4].

オープンゲームは対称モノイダル圏の射である.通常の「入力→出力」の順方向写像に加えて,環境から返る値を上流へ送り返す coutility(余効用)という逆方向のチャンネルを構造として持つ.このチャンネルは合成によって保たれる.多数の局所的な生成規則を合成しても,逆方向のフィードバック経路は壊れない9

[I] 解釈. 作者を環境側,生成システム(§2〜§4 の局所規則・comonadic extension・降下データの連鎖)を一つのオープンゲームとみなす.順方向の写像は,作者の設計選択が生成物へ反映される経路である.coutility は,生成物が持つに至った——しかし作者が明示的に設計してはいない——構造(超芸術的な「ノイズ」)が,作者へ発見として送り返される経路である.無用な階段や謎の配管を「社会OSのデバッグ情報」と見る視点は,この coutility チャンネルが運ぶ情報として位置づけられる.

戦略集合・均衡概念まで含めた完全な形式化は,本稿では行っていない.この節全体を [I] とする.オープンゲームの圏構造そのものは証明済みである [4].本稿の生成システムをその特殊例として厳密に埋め込む作業は,今後の課題である.


7. 何が証明され,何が証明されていないか

次の表は,本稿で証明された主張と,仮説にとどまる主張の境界を示す.

主張根拠
(M,η,μ)(M,\eta,\mu) はモナドである[F]自由–忘却随伴の一般定理 [1]
MM-代数の圏は CMon\mathrm{CMon} に同値である[F]Beck のモナド性定理 [1]
E(X)={xX:x+x=x}E(X)=\{x\in X : x+x=x\}(X,+)(X,+) の部分半束をなす[F]直接計算(§2.3)
任意の xXx\in X の軌道が有限回で E(X)E(X) に到達する[I]未証明.有界性等の追加の仮定が必要
(D,ε,δ)(D,\varepsilon,\delta) はコモナドである[F]直接計算(§3.1)
局所規則の comonadic extension と,大域的・平行移動不変・局所的な CA 遷移関数は一致する[F]Capobianco–Uustalu [3](Curtis–Hedlund–Lyndon の圏論版)
T=iaT=i\circ aPSh(C)\mathrm{PSh}(\mathcal{C}) 上の冪等モナドである[F]層化関手の反射性 [2]
スタック化は前層の圏上の擬冪等な左2-随伴を与える[F]降下理論の標準的構成 [5, 6]
実際の駅前・廃墟景観・企業文化が,上記の具体的な X,α,G,f,φijX,\alpha,G,f,\varphi_{ij} を持つ[I]未証明.モデル化の仮説
考現学・超芸術が扱う社会現象全般を,本稿のおもちゃモデルを超えて厳密な圏として構成できる[I]→[F] 未達未解決.§4 のサイト (C,J)(\mathcal{C},J) が最有力候補
DDMM・スタック化の間に分配律が存在する[I]→[F] 未達公理系は存在する [9] が,本稿の具体例での構成は未解決
生成システムがオープンゲームの厳密な特殊例をなす[I]→[F] 未達圏構造自体は証明済み [4] だが,埋め込みは未実施

以上が,本稿において数学として確立された主張と,モデル化の仮説にとどまる主張の境界である.


8. 学術的含意と応用

  1. 形式的記述の確立. 局所合意モナド MM とその安定配置 E(X)E(X),配置コモナド DD,層からスタックへの一般化という,個別には教科書レベルで確立された構造を,考現学・超芸術という同一の現象群に対する異なる断面として統一的に配置した.
  2. エージェントベースモデル・セルオートマトンとの接続. §3 により,考現学的な「反復されるパターンの記録」は,ABM/CA の局所規則の comonadic extension として実装・シミュレーション可能な形に落ちる.
  3. 圏論的意味論・降下理論との接続. §4 の層とスタック,§6 のオープンゲームは,いずれも計算機科学・代数幾何学で確立された圏論的意味論の道具である.とりわけスタックは,局所的な矛盾を捨てずに大域構造へ接続するという,社会現象の記述に固有の要請を,等号ではなく同型射によって満たす枠組みを与える.
  4. 芸術作品生成システムの理論. §6 の方向を推し進めれば,作者が完全に制御しない,発見を返してくる生成システムを,モナド(集約と安定化)・コモナド(局所文脈)・オープンゲーム(フィードバック)の合成として設計する,という具体的な実装指針が得られる.ゲームや映像制作におけるプロシージャル生成システムの設計論として応用できる.

9. 結言

社会無意識は,多数の局所的意思決定から自然発生する高次パターンとして定義できる.これは心理主体の内部状態ではなく,分散した意思決定過程が生成する外在的構造である(§1).

本稿は,これを局所合意モナド MM の安定配置 E(X)E(X)(§2),配置コモナド DD による局所規則の大域化(§3),層からスタックへの一般化による局所的矛盾の許容(§4)という,いずれも標準的な文献で証明済みの構造の上に構成した.考現学は局所パッチへの切片化として,超芸術はそこで必要になった接続同型——設計者が意図しない構造——の事後的な指差しとして位置づけた(§5).さらに,「作品が作者に発見を返す」という創作上の主題を,オープンゲームの coutility チャンネルとして定式化する方向性を示した(§6).

どの構造が定理であり,どの対応が仮説に留まるかは,§7 に明示した.考現学と超芸術が扱う実際の社会現象——駅前の看板配置,地方都市の廃墟景観,設計者なき企業文化——が,本稿の X,α,G,f,C,J,φijX,\alpha,G,f,\mathcal{C},J,\varphi_{ij} の具体的なインスタンスとしてどこまで成立するかは,圏論の定理ではなく実証研究によってのみ決着する.本稿が主張するのは,そこまでである.



参考文献

  1. Mac Lane, S., Categories for the Working Mathematician, 2nd ed., Springer, 1998.(自由–忘却随伴とモナド,Beck のモナド性定理)
  2. Mac Lane, S. & Moerdijk, I., Sheaves in Geometry and Logic: A First Introduction to Topos Theory, Springer, 1992.(層化関手と冪等モナド)
  3. Capobianco, S. & Uustalu, T., “A Categorical Outlook on Cellular Automata,” arXiv:1012.1220, 2010.(配置コモナドと Curtis–Hedlund–Lyndon の定理の圏論的一般化)
  4. Ghani, N., Hedges, J., Winschel, V. & Zahn, P., “Compositional Game Theory,” Proc. 33rd Annual ACM/IEEE Symposium on Logic in Computer Science (LICS 2018); arXiv:1603.04641.
  5. Vistoli, A., “Notes on Grothendieck topologies, fibered categories and descent theory,” arXiv:math/0412512, 2004.(スタックと降下理論の標準的解説)
  6. Giraud, J., Cohomologie non abélienne, Springer, 1971.(スタック(champ)の導入と非可換コホモロジー)
  7. 今和次郎・吉田謙吉編『考現学入門』筑摩書房(ちくま文庫), 1987.
  8. 赤瀬川原平『超芸術トマソン』白夜書房, 1985.
  9. Power, J. & Watanabe, H., “Combining a monad and a comonad,” Theoretical Computer Science, 280(1–2), 2002, 137–162.

Footnotes

  1. 今和次郎は建築学者であり,1923年の関東大震災後,バラック期の東京の生活風俗を実地調査したことを契機に「考現学」を提唱した.考古学が過去の遺物を発掘するのに対し,考現学は「現在」を採集・記録の対象とする,という対比によって命名されている.

  2. 「トマソン」の名は,讀賣巨人軍に高額年俸で入団しながらほとんど出場機会を得なかった元大リーガー,ゲーリー・トマソンに由来する.赤瀬川はこれを,維持されているが機能を持たない都市の構造物(無用の階段,行き止まりの手すり等)の比喩に転用した.赤瀬川は,今和次郎の考現学の系譜を引く「路上観察学会」(1986年発足)の中心メンバーでもある.

  3. 随伴 FUF \dashv U の単位を η:idUF\eta : \mathrm{id} \Rightarrow UF,余単位を ε:FUid\varepsilon : FU \Rightarrow \mathrm{id} とすると,T=UFT = UFμ=UεF:UFUFUF\mu = U\varepsilon_F : UFUF \Rightarrow UF によって (T,η,μ)(T,\eta,\mu) がモナドをなす.モナド則は,随伴の三角恒等式 UεFηUF=idUFU\varepsilon_F \circ \eta_{UF} = \mathrm{id}_{UF} 等から直接従う.

  4. Beck のモナド性定理は,関手 U:AXU : \mathcal{A} \to \mathcal{X} が左随伴を持ち,かつ UU-分裂対の余等化子を反映・保存するならば,UU はモナディックである(A\mathcal{A} が,UU の誘導するモナドの Eilenberg–Moore 圏と圏同値になる)と主張する.有限余極限を持つ代数的理論(例えば可換モノイドの理論)の忘却関手は,この条件を満たす.

  5. 余単位律は,εD(X)(δX(c))=δX(c)(0)=c(0+)=c\varepsilon_{D(X)}(\delta_X(c)) = \delta_X(c)(0) = c(0+\cdot) = c および D(εX)(δX(c))(g)=εX(δX(c)(g))=c(g+0)=c(g)D(\varepsilon_X)(\delta_X(c))(g) = \varepsilon_X(\delta_X(c)(g)) = c(g+0) = c(g) から従う.余結合律は,δD(X)(δX(c))(g)(g)(h)=c(g+g+h)=D(δX)(δX(c))(g)(g)(h)\delta_{D(X)}(\delta_X(c))(g)(g')(h) = c(g+g'+h) = D(\delta_X)(\delta_X(c))(g)(g')(h) という,両辺を定義に代入するだけの計算で確認できる.

  6. 古典的な Curtis–Hedlund–Lyndon の定理は,コンパクトな記号列空間(積位相を入れた XZdX^{\mathbb{Z}^d})上で,平行移動と可換かつ連続な写像は,必ず有限窓を参照する局所規則から誘導される,と主張する.Capobianco と Uustalu は,この「連続」「平行移動同変」という位相的・代数的条件を,coKleisli 射の合成という圏論的な条件に置き換えて再証明した [3].

  7. 被覆族 JJ は,各対象 UU に「UU を覆う射の集まり」(ふるい)を割り当てる関数であり,恒等射を含む被覆・被覆の引き戻しに関する安定性・推移律という三条件(Grothendieck 位相の公理)を満たす必要がある.本稿では,これを「隣接パッチが重なりを持って街区全体を覆う」という条件で天下り的に定めており,公理の具体的な検証は行っていない.

  8. コサイクル条件は,Uijk=Ui×UUj×UUkU_{ijk}=U_i\times_U U_j\times_U U_k 上で,UijU_{ij} 上の同型 φij\varphi_{ij}UjkU_{jk} 上の同型 φjk\varphi_{jk} を合成したものが,UikU_{ik} 上の同型 φik\varphi_{ik} に一致することを要求する.二つの重なりで同型を勝手に選ぶだけでは足りず,三つ以上の重なりで矛盾なく整合することまでを要求する点が,層の等号条件にはない,スタック特有の階層的制約である.

  9. 一般のオープンゲームは,各プレイヤーの戦略集合,戦略から効用への評価写像,および最適反応(best response)条件の組として定義され,複数のオープンゲームの合成はこれらの組を関手的に持ち上げる.§6 は coutility チャンネルという構造のみを流用しており,戦略集合や均衡概念までは定義していない.

~Yu Tokunaga